築城真市教諭・都築浩教諭による「双鯱(そうこ)の間に旭高」のデザインが、昭和23年に校章と制定されました。
昭和52年(1977年)の創立百年祭の記念碑。affinityとは、「親和」の意を持ち、現代彫刻で、愛知一中・市三高女・旭丘の百年の伝統と、さらに未来への希望と永遠の流れを象徴しています。創作者は清水九兵衛氏(愛知一中63回)、設計者は川口喜代枝氏(愛知一中51回)、施工は石田錠太郎氏(愛知一中49回)です。
日比野寛愛知一中校長は、明治32年~大正6年の間、特に体育に力を注ぎ、現在に繋がる一中精神を育みました。大正7年には、日比野寛像が建立されましたが、第二次世界大戦中の供出の対象となり、「身神保健」の碑文のついた台座だけが残されました。この日比野寛像は、創立百年祭の事業として、昭和54年4月15日に除幕式が執り行われました。制作者は柴田鋼造氏(旭丘美術科1期)、碑文は多湖実夫氏(元愛知一中会会長)の筆です。
矢島徳太郎氏(愛知一中56回)の考案。午前中は左側、午後は右側の目盛に映る影の位置で時刻をはかります。半円形の目盛板を左右に回転させ、均時差目盛の下の矢印の真上に、その日の均時差値がくるようにすれば、太陽均時差による誤差が修正でき、いつも正しい中央標準時を示すように工夫されています。。
平成15年(2003年)の新校舎竣工の記念碑。
伝統と校風が育まれてきた校舎が、時代に則した内容と環境を基に一新され、より一層の輝きを示し、来るべき大きな未来に高く突き進もうとしている。そんな新しい輝きの満ちた門出を前にして、最も大切なことはなにか。それは人と人の「和」であり、互いにコミュニケーションする対話の「話」であり、さらにそれらが大きく一つの「輪」になって太陽のように光り輝かねばならない。そんな趣旨を大切にしながら、新しいモダンな雰囲気の憩いの空間(中庭)で近代的な感覚と材料によるモニュメント「和・話・輪」が、旭丘で育ち生活を共にした一人ひとりの記憶のなかで、いつまでも生き続けることを願い構想し制作されました。制作者は石黒鏘二氏(旭丘美術科2期)です。
大正7年に建立された日比野寛像の台座。像は第二次世界大戦中の供出の対象となり、「身神保健」の碑文の付いた台座だけが残されました。「保健」の二字は、日比野寛校長が日本で初めて用いたものです。
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